samedi 24 juin 2017

ドイツ語既習者のためのデンマーク語学習 (1)

ここのところ連日グリーンランド語の文法についての紹介記事を公開してきましたが,その初回にも申しましたとおりグリーンランド語の本格的な学習にはデンマーク語の能力が不可欠です.私はもちろんグリーンランド語を勉強しても実践する機会はないと考えていますが,それはそれとしてちょっと気になったことを調べるにもデンマーク語で書かれた本を読めなければ話になりません.そういうわけでデンマーク語も少しは使えるようになっておかねばと思い,三村竜之『ニューエクスプレス デンマーク語』(白水社,2011 年) をぱらぱらと読みはじめたしだいです.

改めて指摘するまでもないことですがデンマーク語はドイツ語にけっこう似ています.ということは文法を理解するにも単語や表現を記憶するためにも,ドイツ語を知っている人にとってはそれと比較しながら説明してもらうほうが,ずっとわかりやすくまた記憶に残りやすいのです.ところが残念ながら日本語の本ではそういう必要に応えてくれるものはおそらくありません (ロマンス語には伊藤太吾『イタリア語からスペイン語へ』『スペイン語からカタルーニア語へ』『スペイン語からガリシア語へ』等々のシリーズと,同著者の『フランス語・イタリア語・スペイン語が同時に学べる本』があるのに;もちろんゲルマン語全体に関する概説書はいくつもありますが,それを言うならロマンス語でも対応するものを同じほどに挙げられます).

ないなら自分でそれを書こう,と言えればよかったのですが残念ながら私はドイツ語がアクティブに使えるほど得意ではありません.それなのでおのずから限界があるのですが,かといってなにもわからないというほどではないので,『NX デンマーク語』を読みながら「これはドイツ語と同じだ」,あるいは逆に「字面は似ているのに違っていて紛らわしい」などと,思いついたところを指摘していく形で自分用の学習メモを作っていこうと考えました.以下,NX の章立てに沿ってそれを述べていきます.

もとよりこの本の説明中にドイツ語や英語が出てくるわけではありませんから (というよりそれが不便なのでこれを書いているわけですが),本稿の説明におけるドイツ語や英語などの訳は私によるものです.いちおううろ覚えの文法事項は手もとの文献にあたって調べ,かつなるべく Google 検索でそのドイツ語表現などが完全一致で多数ヒットするよう注意していますが,あくまでネイティブの作文ではないということにはご留意ください.


文字と発音


とにかく s は無声.ドイツ語のように母音間で有声に読まないように注意します.s がつねに無声であるというのは,ほかの北ゲルマン語 (スウェーデン語・ノルウェー語・アイスランド語・フェーロー語) もすべて同様なので覚えやすいです.

二重子音字を長く読まないことは英語やドイツ語やオランダ語などと同じなので大丈夫でしょうが (ご存知のとおり『アンネの日記』の Anne の発音はオランダ語でもドイツ語でも「アネ」ですね),日本語やフィンランド語・エストニア語などのように撥音・促音にしないように.


第 1 課


似ている単語 (同源語 cognate) をいちいちぜんぶ挙げていくとキリがないので,単語についての比較は適度にとどめます.略号一覧:PG ゲルマン祖語,OE 古英語,OHG 古高ドイツ語,ON 古ノルド語,OS 古サクソン語,MHG 中高ドイツ語,MLG 中低ドイツ語.氷はアイスランド語,瑞はスウェーデン語,芬はフィンランド語.

rejse : reisen「旅行する」,næste : nächste「次の」,uge : 氷 vika : 英 week : 独 Woche「週」,og < ON ok, auk「と,そして」は独 auch と同源.

men「しかし」は独 aber とも英 but とも似ても似つかず面食らいますが (ダジャレではなく),伊 ma, 仏 mais などと関係があるわけではないようです.現代語の imens「〜するあいだ,〜に反して一方」にあたる古デンマーク語 emæthen に対応し,MLG men, man「ただ,〜だけ」の影響があって時間的意味が薄れたらしいです.

ほかに nyde : 瑞 njuta : 氷 njóta : OE nēotan : OHG niozan「楽しむ」など,北欧語 (北ゲルマン語) では共有しているものの英独では中世までで廃れた語も意外と多く,英独の単語力ですべて安泰というわけにはゆかなそうです.

命令法は komme, tage, nyde → kom, tag, nyd のごとく語幹がそのまま活用形になりますが,これはドイツ語との共通点というよりは印欧語がだいたいすべてそうです.命令というのはいちばん急いで言われる言葉なので語尾をとらず最短なのだ,と聞いたことがありますが典拠を知らないので俗説かもしれません.


第 2 課


undskyld : Entschuldigung「すみません」(ドイツ語のほうは派生語の名詞形なので厳密な対応ではありません),hedde : heißen「〜という名前である」,glæde「喜ばせる」(cf. 英 glad),lige : gleich : 英 like「等しい」(PG *galīkaz, ドイツ語は前つづり ge- のついたもの),mad「食事」(cf. 英 meat).kone : ゴート qēns : 希 γυνή「妻」は英 queen に同源.

疑問文は,Du rejser til Danmark. → Rejser du ... ? (独 Du reist nach Dänemark. → Reist du ... ?) のように主語と動詞とを転倒させて作り,英語のような助動詞 do を要求しませんが,これはむしろそんな謎の語が無から湧いてくる英語が世界的に見ても特異です.


第 3 課


skal < skulle : sollen : 英 should「〜する予定である,〜しなくてはならない」,kan < kunne : können : 英 can, could「〜できる」,hvad : was : 英 what「何」,aften : Abend : 英 even(ing)「晩」.

kunne (godt) lide が「〜が (大) 好きである」の意味になる理由は調べがつきませんでした.英語やドイツ語にこれと似たようなイディオムはあるでしょうか? 逐語訳にあたる ‘can well suffer’ でググってみたら,まさにこのデンマーク語表現が謎だ (elske ‘to love’ は強すぎるし,1 語でぴったり ‘to like’ にあたる動詞はないのか) という話がヒットしました.

Nozomi skal rejse til Danmark næste uge. ― 助動詞を使った文で,不定形に置かれる本動詞は,ドイツ語のように文末に行かないので大注意!


第 4 課


begynde : beginnen「始める」,sprog : Sprache「言語」,lære : lehren : ゴート laisjan : OS lērian < PG *laizijaną「教える,学ぶ (再帰的)」(一方,独 lernen : 英 learn : OS lernōn < PG *liznaną),år : Jahr : 英 year「年」.

名詞の性は残念ながらなぜか同源語でもドイツ語と一致しないものがちょくちょくあります.たとえば上記 sprog は et sprog で中性ですが,ドイツ語は die Sprache と女性です.同じく et æble (中性) に対し der Apfel (男性).逆の例は en bog (共性) 対 das Buch (中性) など.


第 5 課


med : mit「といっしょに」,vide : wissen「知っている」.Hvad for en/et ... ?「どの〜ですか」は独 Was für ein ... ? と一語一句同じです.

Hvor skal du hen? Jeg skal hjem. ― 助動詞に動詞を省略した用法 (本動詞としての用法) があることもドイツ語と同じです (z. B. Ich muss morgen in die Stadt.).これは現代英語では不可能ですが,古くは可能でした:シェイクスピアに見られる I must to England. (ハムレット) や You may away by night. (ヘンリー四世) など.


第 6 課


følge(s) : folgen : 英 follow「同行する」.på「〜で,の上で」は ON upp á に遡り,英 upon と同じ作りです.travl「忙しい」は仏 travail から.

否定疑問文に対して肯定文で答えるとき,ja でなく jo という語を使いますが,ドイツ語でも同じように ja でなく doch と言います.フランス語もこういうとき oui でなく si という特別の語を使いますが,英語やイタリア語は疑問文が肯定形か否定形かにかかわらず yes や sì ですね.

I morgen rejser jeg til Danmark. ― 副詞句などが文頭に立つとき動詞が第 2 位の位置を保持して倒置が起こるのもドイツ語と同様です.


単語力アップ 基数詞


21 以上の数を言うさい,enogtyve : einundzwanzig, femogtredive : fünfunddreißig のごとく「一の位 + and + 十の位」と言うこともドイツ語と共通しています.

ただし問題なのはその「何十」の部分が独特の 20 進法であることで (50: halvtreds, 60: tres, 70: halvfjerds, 80: firs, 90: halvfems と,あからさまに 2½, 3, 3½, 4, 4½),混乱しないためには丸暗記するしかないでしょう (しかしどう見ても 3, 4, 5 なのでそれが難しい;もし tres を見て「60 だ!」と感じる人がいたら,それはデンマーク語の上級者かもしくは印欧語のセンスがないと言わざるをえません).


第 7 課


hoved : Haupt : 羅 caput「頭」,må : mögen : 英 may「〜してもよい」,igen : 英 again「ふたたび」.læge : 瑞 läkare「医者」は芬 lääkäri へ借用されますが,露 лекарь, ブルガリア лекар, チェコ lékař などのスラヴ語とも関係があるかも?

時刻の言いかたもドイツ語と同じ感じです.kvart over fire : viertel nach vier「4 時 15 分」,kvart i fem : viertel vor fünf「4 時 45 分」,halv syv : halb sieben「6 時半 = 7 の半分」のように,「半」の使いかたも一致.


第 8 課


billede : Bild「絵」.børnehave「保育園」は børn「子どもたち」+ have「庭」で Kindergarten とまったく同じ構造ですが,それもそのはずでこれはドイツ語からの翻訳借用 (calque) だそうです (日本語の「幼稚 + 園」もそう?);barn「子ども」は現代の標準英語にはないもののスコットランド語 bairn に残ります.blive「〜になる」は bleiben と同源ですが意味の違いに注意.


第 9 課


arbejde : arbeiten「働く」,ung : jung : 英 young「若い」.pige「女の子」は氷 píka「アバズレ」と同源で,同じく瑞 piga「メイド」は古い言葉ですが借用により芬 piika「メイド」に残ります.interesseret「興味がある」は独 interessiert とともに仏 intéresser からの借用です.butik「店,商店」も仏 boutique より.

en rød tomat, et rødt æble, to røde tomater, to røde æbler; den røde tomat, det røde æble, de røde tomater, de røde æbler ― 定冠詞 den, det, de がついたときの形容詞の変化が弱くなるというのは,ドイツ語の形容詞弱変化を思わせます.不定のときにドイツ語に比べて強めの変化をしているように感じるのは,格変化がないためにそう見えるだけでしょう.ドイツ語で 1 格だけ同じように比べてみると,ein roter Apfel, eine rote Tomate, ein rotes Buch, zwei rote Äpfel/Tomaten となります.

〔たぶんゲルマン語の歴史的なものとして弱変化・強変化という名残があるのだと想像しますが,そういう用語も出てこないこの本だけではちょっとわかりません.秦宏一『デンマーク語の入門』(白水社,1978 年) ではまさにこれを形容詞の強変化・弱変化と呼んでいます (第 4 課,第 5 課).〕

Tomaten er rød. Æblet er rødt. Tomaterne/Æblerne er røde. ― 形容詞が叙述的に使われるとき,性数が一致します.いや一致するのはあたりまえだろうと思うわけですが,じつはドイツ語は一致しないのでびっくりします (vgl. 独 Die Äpfel sind rot. ; 仏 Les pommes sont rouges. ; 伊 Le mele sono rosse.).ドイツ語に明るい人ほど引っかかるでしょう.


第 10 課


købe : kaufen「買う」,allerede : 英 already「もう,すでに」.øl : 瑞 öl「ビール」は英 ale「エール」と同源です (Öl「油」ではないので大注意).flaske : Flasche「瓶」はゲルマン語起源で,後期ラテン語から葡 frasco を経て遠く日本語の「フラスコ」に至ります.stor「大きな」は露 старый「古い,年老いた」に関連.

Jeg spiste frikadeller sidste uge. / Har du spist mad? ―「昨日」や「何年前」などの過去の時点を表す具体的な語句は,過去形でのみ用い現在完了形とは共起できないというのは,むしろ英語と共通する特徴であり,ドイツ語では現在完了形とともに過去を明示する語句を使うことができます (z. B. Ich habe es letzte Woche gekauft.).

〔ただし半世紀まえの文法書である森田貞雄『デンマーク語文法入門』(大学書林,1971 年.中身は旧版 1959 年と同じ?) は,「過去の副詞が文尾に来る時は現在完了は使える。Jeg har set ham igår. 文頭に来れば過去形が使われる。Igår så jeg ham.」と書いています (69 頁.igår と 1 語になっているのも古いつづり? ただし同書でもべつの箇所では i går と書かれており,igår は全編通してこの 2 ヵ所だけなのでたんなる誤植かも).〕

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