mercredi 22 avril 2015

ギリシア文字の順番の覚えかた

言うまでもないことだが,アルファベットの配列される順番を覚えなければ辞書を引くことができないので,言語の学習はつねにほとんど最初に文字の順番を丸暗記することから始まる.ラテン文字の A, B, C, ... という順番は日本人なら誰でも子どものころに英語でなじんでしまうから,ラテン文字を用いる言語を学ぶときには意識されにくいが,そうでない言語を始めるとなると一転して大問題になる.ただ 1 通りの一貫した順番が考えにくく,またすべてを一度に覚える必要もない漢字のごときはまれな例外であろう.

この 2015 年度に筆者はラテン語・ギリシア語・ヘブライ語の古典 3 言語とアラビア語とに取り組もうと思い,文学部科目と全学共通科目として開講されている授業に出ることにした.後 3 者はどれもラテン文字とは異なる独自の文字体系をもっており,これらを習おうとするとまず文字の順番を頭に叩きこむことが不可欠の出発点となる.私じしんはこれら 3 つのいずれも,学部に入りたての 6, 7 年まえに『ヘブライ語のかたち』,『アラビア語のかたち』(いずれも当時は旧版) のようなとてもやさしい本で文字だけはかじっていたし,またギリシア文字はたいてい数学でおなじみでもあるから抵抗はなかったが,文字の順番にはあやふやなところが多かった.そこでこれから 3 回のエントリにわけて,上記の順で,自分なりの覚えかたをまとめておこうと思う.

覚えかたといっても特別なものではない.その原則はただ 2 つで,
  1. すでに知っている文字の配列と共通する部分に着目する.
  2. 異なる部分に注意する.
という,ほとんど役にも立たなそうな自明の事柄である.しかしこれが意外と実践できないもので,どの部分がどう共通するかという,文字のグルーピングのしかた,つまりのっぺりと並んでいる二十数文字をどこで区切って眺め,各字母がなにと対応するのかという,表の見かたが見いだせなければ実践には移せない.

とにかくギリシア文字から始めてみよう.というのも 3 つのうちでギリシア文字は上記のように多少とも近づきやすいというばかりでなく,残りの 2 つの説明にも必要になるからである.以下ではギリシア文字には小文字,ラテン文字には大文字を用いるが,その理由は,ギリシア文字に最初に近づくときに覚えるべきは小文字であることと (現代の教科書では大文字は固有名詞の語頭と,段落のはじめ (文頭ではなく!) にしか用いない),ラテン文字との比較をするとき見誤らないようにとの便宜からである.

まず平板に並べてみると,
αβγδεζηθικλμνξοπρστυφχψω
というふうになる.ラテン文字と共通する部分がところどころに見えると思う.それがわかるように区切って並べると,
α, β, γ, δ, ε
:A, B, C, D, E
ζ, η, θ
ι, κ, λ, μ, ν
:I, K, L, M, N
ξ
ο, π, ρ, σ, τ, υ
:O, P, R, S, T, U
φ, χ, ψ, ω

となる.何気なく書いているが,各行 1 ヶ所ずつひっかかるところがあるはずだ.最初の行は γ が C になっていること,残り 2 つは順に J と Q が抜けていることである.

元来,G という字は C から,また J は I から,字形を少しいじって新たに作られたものである.ラテン人よりも古くにイタリア半島に住んでいたエトルリア人の言語であるエトルリア語は,有声音 [ɡ] をもたず [k] と区別していなかった (それどころか [b], [d] も) ので,C と G とのこの混同は理解できる.ラテン語でも古くは C は [ɡ] の音を表したので,古典期にも特別の場合にその名残をとどめている (松平・国原,§4).

いくぶん余談めくが,ラテン文字のほうで G の位置がここにくるのはじつは,エトルリア語にはない [ɡ] を表す文字がラテン語で必要になったとき,アルファベットの順番を変更しないよう,当時必要がなかったギリシア文字の ζ の位置にそれを挿入したからである.周知のように古典期ラテン語で S は決して有声化しないから,Z を表す文字は当初必要がなかった.では現在 Z が 26 番めにあるのはなぜかというと,ギリシア人との交流が密になるにつれて必要が増し復活させたからである.まとめると,ζ に対応するラテン文字は,音としても字形としても Z なのだが,文字配列の成立の経緯から見ればある意味では G とも言える.また η はもちろん H である.これで上の表の第 2 行を覚える手がかりが与えられたことになる.ζ, η, θ は名前にすべて “__eta” が共通しているので,そのことも覚えるうえには役に立つ.

Q が抜ける理由はまた別で,これはじつはギリシア文字のほうが抜けているのである.ここに並べたように古典ギリシア語のアルファベットは以上の 24 文字だが,古典期までにすでに廃れていたもっと古い文字がいくつかあった.Q にあたるギリシア文字コッパ ϙ はその 1 つである.とはいえ覚えるための便宜上は,同じ音 [k] を表す文字はもう K が出ているのでいらないから飛ばす,というくらいに考えたほうがいいかもしれない.

(さらにさかのぼってフェニキア文字の順番まで覚えるのでないかぎり) ξ はどうしようもないので,ν と ο のあいだに何者かがいることを絶対に忘れてはいけない.最終行のうち,ω が最後を表すことはすんなりわかるから,φ, χ, ψ の覚えかたがほしくなる.χ はもちろん X なのでよいが,前後の 2 つはラテン文字には継承されなかった文字なので苦しい.ψ の筆記体はラテン小文字 y によく似るという事実は注意されていいだろう (“Greek cursive” などのワードで画像検索してほしい).あとは完全にこじつけになるが,U, V, W, X, Y と唱えながらギリシア文字を思いだすときに,V っぽい音 (ドイツ語の V [f] = 現代ギリシア語の φ) として認識するという助言も気休めくらいにはなるかもしれない (古典ギリシア語では φ は [pʰ] なので注意).

以上に注意してまとめると,
α, β, γ, δ, ε
:A, B, C, D, E
ζ, η, θ
:G, H; “__eta” の集まり
ι, κ, λ, μ, ν
:I, K, L, M, N
ξ
:!!!!!
ο, π, ρ, σ, τ, υ
:O, P, R, S, T, U
φ, χ, ψ, ω
:V, X, Y, 最後
のように覚えられる.教室でギリシア文字の暗唱を命じられたら,心のなかでラテン文字のほうを唱えながら,口ではそれに対応するギリシア文字を言うようにすればよい.ギリシア文字はこのようにラテン文字とかなりきれいに対応するので苦労はない (もちろん歴史的にはラテン文字のほうがギリシア文字を参考にしたのである).


参考文献

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